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あゆみ

2021年4月18日 礼拝説教要旨

2021年4月18日

ヨナのしるし  

三好 晴夫 牧師

マタイによる福音書 第12章38-42節

 

      

主題聖句: イエスはお答えになった。「よこしまで神に背いた時代の者たちはしるしを欲しがるが、預言者ヨナのしるしのほかには、しるしは与えられない。           マタイによる福音書 第12章39節

 主イエスは、病気の人や悪霊に取りつかれている人を癒されるなど多くの奇蹟を行っておられましたが、人々の中には、主イエスに「先生、しるしを見せてください。」と求める人がいました。それは、律法学者、ファリサイ派の人たちでした。彼らは、一応主イエスを「先生」と呼びかけて敬っているようですが、その実、主イエスが救い主であるとは認めず、救い主ならそれ相応の特別な能力を持っている外に見える証拠を見せてくれと要求したのです。

 

 

今日も、多くの人たちが、イエスを立派な優れた人格者と認めつつも、神の御子、救い主であるかどうか、それ相応の特別な能力を持っていることを示す外に見える証拠を見たいと思っているのではないでしょうか。証拠があって、自分たちに納得できる科学的証明がなければ信じないという思いが私たちの中にあるのではないでしょうか。この問いに対して、主イエスは「よこしまな神に背く時代の人たちはしるしを欲しがるが、預言者ヨナのしるしのほかには、しるしは与えられない」のです。「神に背いた」とは、神から愛されているのに愛を受け止めず裏切るような生き方のことです。何か特別のしるしによって神の愛の証明がなければ信じないという姿です。ただヨナのしるしがある。それは主イエスの死と復活によってあらわされた神の力です。主イエスの示されたしるしを見つめましょう。

2021年4月11日 礼拝説教要旨

2021年4月11日

からっぽの墓 

三好 晴夫 牧師

マタイによる福音書 第28章11-15節

 

主題聖句:    言った。「『弟子たちが夜中にやって来て、我々の寝ている間に死体を盗んで行った』と言いなさい。

           マタイによる福音書 第28章13節

今日の箇所は、主イエスの納められた墓がからっぽであったことが、弟子たち、主イエスを信じる人々に重要なことであっただけでなく、ユダヤ人の指導者たちにも大変気になることであったことを示しています。

 

主イエスが十字架でなくなられた後、納められた墓を、ピラトの命で番兵が見張っていました。週の初めの日の朝、大きな地震が起こり、その墓に主の天使が現れ、墓の入口の石がわきに転がり、その番兵はそれを見て震え上がったのでした。婦人たちも墓に行き、天使から主イエスが復活されたことを聞きました。この番兵は、その話を聞いたかもしれません。   その番兵たちは都に戻り、この出来事すべてをユダヤ人指導者たちに報告しました。それを聞いた指導者たちは、兵士たちに多額のお金を与えて「弟子たちが夜中にやって来て、我々の寝ている間に死体を盗んで行った」と言いなさいと命じたので、彼ら兵士たちはそのお金を受け取って教えられたとおりに、出て行って言いふらしたのです。このようにして偽りの話が広まって行ったかに見えます。それほど、ユダヤ人指導者たちには、主イエスの墓がからであったことは、主イエスの復活を示すとは信じられなかったのです。しかしこの妨害の中に主イエスの復活は広まっていった。

2021年4月4日 礼拝説教要旨

2021年4月4日

主は復活なさったのだ

三好 晴夫 牧師

マタイによる福音書 第28章1-10節

 

      

 主題聖句:  あの方は、ここにはおられない。かねて言われていたとおり、復活なさったのだ。さあ、遺体の置いてあった場所を見なさい。

           マタイによる福音書 第28章6節

 今日は、主イエス・キリストが死より復活されたことをお祝いするイースター(復活日)です。

 

金曜日の午後3時過ぎ、主イエスが十字架につけられ確かに死なれ、新しい墓に葬られたその様子を、婦人たちは見届けました。

 

やっと安息日が終り、日曜日の朝、まだ暗いうちに彼女たちは主イエスの葬られた墓に駆け付けたのです。死んで葬られた主イエスに少しでも近づき、何かをしたいと思ったのです。

 

転がされていた墓石の上に主の天使が現れ、言いました。主イエスはここにはおられません。空の墓を指し示して「さあ、遺体の置いてあった場所を見なさい」と。墓には主イエスのお体はありませんでした。

 

では主イエスはどうなったのでしょうか。天使は「かねて言われたとおり、復活なさったのだ」と告げたのです。死者の中から復活なさったのです。天使は、この出来事を弟子たちに告げるように伝言しました。その知らせを聞いた婦人たちは恐れながらも大いに喜んで、弟子たちのもとに走って行ったのです。その婦人たちに復活の主イエスは現れ、「おはよう」と励まして下さいました。主イエスは復活され生きておられるのです。

2021年3月28日 礼拝説教要旨

2021年3月28日

十字架のキリスト

三好 晴夫 牧師

マタイによる福音書 第27章32-56節

 

      

主題聖句:三時ごろ、イエスは大声で叫ばれた。「エリ、エリ、レマ、サバクタニ。」これは、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。 

マタイによる福音書 第27章46節

 今日から始まる受難週において、主イエス・キリストの味わわれた御苦しみを覚え、その遂げられた救いに感謝したいと思います。

 

主イエスは神の御子であられ、何の罪を犯しておられない方なのに、ユダヤ人指導者たちからねたまれ、イエスは自らをユダヤ人の王と言い、自らをメシアと言っていると訴えられ、裁判で十字架につけられることが決まり、ついに十字架につけられました。その裁判の時も十字架の上でも、主イエスは何の弁解もせず黙ってその苦しみに耐え続けられました。

 

昼の12時に全地が暗くなり、三時まで続き、その時主イエスは大声で「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」と叫ばれたのです。主イエスは、ご自分の死が迫る中、死の恐ろしさを思い、見捨てられたと感じられたのでしょうか。「見捨てられる」。神から見捨てられることは大変恐ろしいことです。私たち人間の罪をご自分の罪として背負って主イエスは神から見捨てられたと感じられたのです。もう神は自分を見捨てられたと感じられたのです。罪のゆえに神から見捨てられ、裁かれることを知って苦しまれています。その苦しみを背負って裁かれてくださったのです。それはこの方にあって私たちが神の前に義とされるために。

2021年3月21日 礼拝説教要旨

2021年3月22日

皆に仕える者になりなさい 

三好 晴夫 牧師

マタイによる福音書 第20章20-28節

 

      

主題聖句:しかし、あなたがたの間では、そうであってはならない。あなたがたの中で偉くなりたい者は、皆に仕える者になり、                

マタイによる福音書 第20章26節

 主イエスがエルサレムに向かって行かれる途中、十二人の弟子だけを呼び寄せて、神の御心によって、ご自分がエルサレムで指導者たちに引き渡され、十字架につけられるという苦難の予告をされました。しかし、そのことを弟子たちは理解できませんでした。そのとき、弟子の母親が主イエスのもとに来て、主イエスが王座にお着きになられるとき、その王座の右と左の席に息子たちを着座させてくださいと願いました。ほかの弟子たちよりも自分の子を優遇し、高い地位につけてほしいという願いです。このように自分を優遇してほしい願いは他の弟子たちも持っていたようです。

 

そう願った母親と弟子たちに、主イエスは「あなたがたは、自分が何を願っているのか、わかっていない」と答えられましたが、叱るのではなく、ご自分のこれから飲もうとしている「杯」(十字架の苦難)を一緒に飲むように促されたのです。その上で「あなたがたの間では」、すなわち、主イエスを信じて従う者の仲間の中では、偉くなりたい者は皆に仕える者になれと教えられました。仕えることは、給仕することです。主人の思いをくみ取りながら忠実に働く人です。仕えることが、リーダーに求められているのです。まず主イエスが仕える模範を示されました。主イエスが私たちの身代わりとなって罪を背負って命をささげて下さったのです。

2021年3月14日 礼拝説教要旨

2021年3月14日

栄光に輝くキリスト

  

三好 晴夫 牧師

マタイによる福音書 第17章1-13節

             

 主題聖句: 「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者。これに聞け」という声が雲の中から聞こえた。     

マタイによる福音書 第17章5節

 

時おり、笑顔で人助けをされている方の姿を見かけて、光輝いていると感じることがあります。地上を歩まれ、多くの人の心に寄り添われた主イエスのお姿も、きっと光り輝いていたことでしょう。しかし、今日の箇所に登場する、主イエスのお姿は、それまでとは全く違う、栄光に輝くお姿でありました。

 

それは、主イエスが弟子たちにご自分が苦難に遭うことの予告をなさった6日後に起こりました。そのお姿は、神の栄光のお姿でした。主イエスは元々神のもとにおられたお方で、その栄光を捨てて人間となられた方です。今ここでその本来の栄光のお姿を現されたのです。その時、栄光に輝く主イエスのそばに、モーセとエリヤが現れて、主イエスと話をされました。彼らが話していたのは、主イエスがエルサレムで十字架において成し遂げられる人類のための救いについてでした。

 

この時、その光景を見た弟子のペトロは、それがすばらしいと感じ、この状態をずっと留めおきたいと思い、主イエスに願い出たのです。

 

その時光り輝く雲が彼らを覆いました。すると、雲の中から「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者。これに聞け。」という声があったのです。これは父なる神が、十字架に進まれる主イエスを認められた言葉でした。そしてこの主イエスに聞きなさいと励まされたのです。

2021年3月7日 礼拝説教要旨

2021年3月7日

キリストに従う  

三好 晴夫 牧師

マタイによる福音書 第16章13-28節

             

  主題聖句:それから、弟子たちに言われた。「わたしについて来たい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。

           マタイによる福音書 第16章24節

 主イエスを信じ従うとはどういうことでしょうか。それが今日の箇所に教えられています。

 

ある時、主イエスは弟子たちに「わたしを何者だと言うか」とお尋ねになりました。するとシモン・ペトロは「あなたはメシア、生ける神の子です」と答え、その告白を主イエスは喜ばれました。この告白を聞かれた主イエスはこの時から、弟子たちに、ご自分が救い主としてどんな働きをされるかはっきりと語られたのです。すなわち、必ずエルサレムに行き、ユダヤの指導者たちから多くの苦しみを受けて殺されるが、三日目に復活することになっているという神の御計画を語られたのです。

 

しかし、ペトロには全く理解できません。善意で主イエスをおいさめしたのです。それに対して主イエスは「サタンよ、引き下がれ」としかり飛ばされました。主イエスとしては神のことを思い、神の計画に従って十字架の道に進もうとされていたからです。そう語られた後、主イエスは弟子たちに今一度「わたしについて来たい者は」どうあるべきかを語られました。「自分を捨て」自分の中に絡みつく執着する自分を手離し、「自分の十字架を背負って」主イエスのゆえに負わされる苦しみを負って、主イエスに従うなさいと招かれたのです。主イエスは信頼する者を導かれます。

2021年2月28日 礼拝説教要旨

2021年2月28日

神の霊の力

三好 晴夫 牧師

マタイによる福音書 第12章22-32節  

 

主題聖句:しかし、わたしが神の霊で悪霊を追い出しているのであれば、神の国は

      あなたたちのところに来ているのだ。  

マタイによる福音書 第12章28節 

  神様からすばらしい祝福をいただいているのに、当たり前のように思い、気づかずにいることがありませんか。それだけでなく、神様の明らかな祝福に気づかずに不平不満を言ってしまうことはないでしょうか。

 

ある時、悪霊に取りつかれて目が見えず口の利けない人が主イエスのところに連れて来られてきて、主イエスがその人をいやされ、ものが言え、目が見えるようになったのです。それを見た群衆は大変驚いて、この方をメシア救い主ではないだろうかと言いました。しかし、冷静に見ていた人がいました。ファイリサイ派の人たちでした。彼らは自分たちなりに解釈し、この者は悪霊の頭ベルゼブルの力によって悪霊を追い出したのだと非難したのです。

 

彼らの思いを見抜かれた主イエスは、たとえをもってご自分が悪霊の頭の力で追い出しているのではないと反論されました。国でも町でも家でも内輪で争えば成り立ちません。悪霊の頭が悪霊を追い出すとは、内輪もめであり、その国は成り立たないでしょう。しかし、主イエスは神の霊によって悪霊を追い出したのです。そうであれば、神の国はあなたたちのところに来ていることを示しているのです。神様がここにおられるという事実が現されているのです。主イエスは病の人をいやされ、罪に苦しむ者を救い出し、思いわずらう者をいやしてくださいます。主イエスのなさる御業に期待し、勝利される主イエスと共に歩みましょう。

 

2021年2月21日 礼拝説教要旨

2021年2月21日

荒れ野の試み  

三好 晴夫 牧師

マタイによる福音書 第4章1-11節

 

      

主題聖句:イエスはお答えになった。「『人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる』と書いてある。」 

       マタイによる福音書 第4章4節

 教会の暦で「受難節」(レント)の季節に入りました。これから40日間、主イエス・キリストが救い主としてどのような苦しみを味わわれ、人々を救う道にお進みになられたのかを覚えます。今日は第一主日として、主イエスが荒れ野で悪魔の試みに遭われた箇所を読みます。悪魔は神に逆らうように仕向けてくる霊的存在です。主イエスを、そして私たちをも神に信頼しないように仕向けて来るのです。まさに霊的な戦いです。

 

 

悪魔のした第一の試みは、主イエスが荒れ野で40日間断食した後、空腹を覚えられた時にありました。空腹の最中、誘惑する者が主イエスに「あなたは神の子なのでしょ。ならば、辛い空腹を我慢しないで目の前の石をパンになるように命じたらどうですか」と誘惑して来たのです。この誘惑は、あなたは神の子なのだから、神に頼らず、自分の力でこの石をパンにしなさいという誘惑です。鋭い誘惑です。

 

 

すぐに主イエスは「人はパンだけで生きるのではなく」と申命記8章の言葉を持って答えられたのです。人は、食べ物を必要としていますが、それだけで生きるのではない。昔イスラエルの民が荒野で食べ物がなくて困った時、マナという不思議な食べ物をよって神は彼らを毎日養われた。そのように神の与えられる命の糧(言葉)によって生かされるのだと。

 

2021年2月14日 礼拝説教要旨

2021年2月14日

安心しなさい。わたしだ。 

三好 晴夫 牧師 

マタイによる福音書 第14章22-36節

 

主題聖句:イエスはすぐ彼らに話しかけられた。「安心しなさい。わたしだ。恐れる  ことはない。」        

マタイによる福音書 第14章27節

 

私たちの人生で、進もうと思い努力するのに、どうにも行き詰まって身動きが取れない事態に遭うことが少なからずあるのではないでしょうか。今日の聖書箇所の弟子たちも、そういう状況に出くわしてしまいました。

 

弟子たちは、直前に主イエスの行われた5千人以上の人々にパンと魚で満腹にされた奇跡を見て、群衆と共に興奮していたことです。主イエスは、弟子たちをその場から離すために、強いて彼らを舟に乗せて、向こう岸に向かわせたのです。主イエスは、揺るがない態度で群衆を解散させて、ご自身は山に行って一人祈りの時を持たれたのでした。

 

一方、舟に乗った弟子たちが進んでいたとき、突然、逆風が襲ってきて舟と弟子たちは波に悩まされたのです。夜、明かりもない中の逆風です。不安と恐怖に中で悪戦苦闘して舟が沈まないように努力したのです。そんな夜が明けるころ、白い物体が近づいてきました。どんどん近づいてきます。弟子たちはおびえて恐怖のあまり叫び声をあげました。すると、白い物体から声がしました。「安心しなさい。わたしだ。恐れることはない。」それは主イエスでした。主イエスが来て下さったのです。主イエスが共にいてくださるのです。彼らはどんなにか安心したのです。私たちも不安の中にあります。その私たちにも主イエスは御声をかけてくださいます。

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