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あゆみ

2018年11月18日 礼拝説教要旨

2018年11月18日

 アンティオキア教会の誕生

三好 晴夫 牧師

使徒言行録 第11章19-30節

主題聖句:主がこの人々を助けられたので、信じて主に立ち帰った者の数は多かった。                      

  使徒言行録 第11章21節

    

 迫害が起こって、主イエスを救い主を信じるユダヤ人キリスト者たちはエルサレムを出て各地に散らされて行き、そうして住み着いた町々で主イエスを伝えていましたが、その時は伝える相手は同じユダヤ人でした。ユダヤ人だけと交わるべきという固定観念があったからでした。

 

ところが、キプロス島やキレネに住んでいた、ユダヤ人キリスト者たちは、北部のシリアのアンティオキアに移り住んで行き、そこでも福音を伝えたのでした。アンティオキアとは、シリアの大都市で、色んな国から人々が集まってきていて、シリア人、ギリシャ人、さらにユダヤ人も多くいました。その町に住み始めたキプロス島やキレネから来た、ギリシャ語を話すユダヤ人キリスト者たちは、古い伝統に固執しないで、同じ町に住むユダヤ人だけでなく、ギリシャ語を話すギリシャ人たちにも語りかけたのでした。その内に、その人達に主イエスについて福音を語り始めたところ、彼らは反応を示したというのです。天地万物の神の存在を知らない、聖書のことも知らない彼らに、丁寧に神様の愛、神の御子イエス・キリストによる救いの御業を語ったところ、多くの人々が主イエスを信じたのです。それは、主が、彼らと共にあって、彼らを助けられたからでした。彼らはただ福音を伝えただけでしたが、主が彼らを導いて人々の心に福音を届けて驚くべきことをされました。主の支えを信じて主イエスを伝える時、主は助けてくださるのです。

 

2018年11月11日 礼拝説教要旨

2018年11月11日

すべての人を救う神の御業

三好 晴夫 牧師

使徒言行録 第11章1-18節

 

主題聖句:こうして、主イエス・キリストを信じるようになったわたしたちに与えてくださったのと同じ賜物を、神が彼らにもお与えになったのなら、わたしのような者が、神がそうなさるのをどうして妨げることができたでしょうか。」        

使徒言行録 第11章17節 

    

 「異邦人も神の言葉を受け入れた」、すなわち、ユダヤ人以外の人がキリストの福音を聞いて信じて受け入れ洗礼を受けたという知らせが、エルサレム教会の使徒たちと信者たちに伝わり、彼らが驚きました。その当時、まだキリストの福音を知るはユダヤ人だけに限られていて、異邦人には伝わっていなかったからです。しかも、ユダヤ人は自分たちが神から選ばれている民であり、割礼と律法を重んじていてそれを守る人としか交際をしていなかったからです。それなのに、使徒ペトロがローマ人の所に行き、彼らと交わったことを聞いて彼らは非難したのです。

 

そこで、ペトロは、非難する人々に、自分がどうしてローマ人のところに行ったのかを順序正しく弁明しました。自分が見た幻、霊の導き、ローマ人が受けた神の使いの指示があったゆえに、彼らの所に出かけて行ったことを語りました。主の示しに従って、ペトロが彼らにキリストの福音を伝え始めると、何と彼らに聖霊が降ったのでした。ペトロたちにペンテコステの時に聖霊が降ったと同じように、聖霊がこのローマ人の上に降ったのです。ユダヤ人キリスト者だけでなく、異邦人でキリストを信じる者にも同じ聖霊が降ったことということは神のなさった御業です。異邦人をも救われるように神さまが働かれたのです。

2018年11月4日 礼拝説教要旨

2018年11月4日

 すべての人の主

三好 晴夫 牧師

使徒言行録 第10章34-48節

 

 

主題聖句:「この方こそ、すべての人の主です」

    使徒言行録 第10章36節

 

 今日の箇所は、使徒ペトロが今ようやくはっきりとわかったこととして、ローマ人コルネリウスとその家族と友人たちに対して、イエス・キリストの福音を語っている個所です。ここには、イエス・キリストの福音が短く手際よくまとめられています。

 

第1のポイントは、「神がイエス・キリストによって平和を告げ知らされた」と語ります。神から遣わされたナザレの人イエスが油注がれた者として、人々を助け、苦しめられている人たちをすべて癒される業をなさいました。

 

第2点として。人々はイエスを救い主と認めることができず、木にかけて殺してしまいました。神に呪われたもの(申命記21:23)として殺されました。イエスが殺されたのは、イエスを殺そうとする人々の罪に対する神の呪いを身代わりに引き受けて死なれたのです。神に呪われたイエスを、神は捨てて置かれず、三日目に復活させられて、人々の前に現されました。ペトロと弟子たちに現れて彼らを受け入れられました。

 

第3点は、この方を信じる者は誰でもその名によって罪の赦しが受けられるのです。イエスを自分のための救い主として信じるならば、それだけでその人の罪が赦されるのです。

 

この福音こそ、神を知らず聖書を知らずに生きていた異邦人や日本人にとって救いの言葉ではないでしょうか。

 

2018年10月28日 礼拝説教要旨

2018年10月28日

 神の言葉を聞く姿勢

三好 晴夫 牧師

使徒言行録 第10章23b-33節

 

 

 

主題聖句:よくおいでくださいました。今わたしたちは皆、主があなたにお命じになったことを残らず聞こうとして、神の前にいるのです。」

       使徒言行録 第10章33節

 

私たちが集会にお招きする方が、初対面の場合、その人はどんな方だろうか、緊張と不安を覚えながらも、できるだけ丁重にお迎えするのではないでしょうか。今日の箇所で、神の使いからペトロを招くように指示されたローマ人コルネリウスも、いざそのペトロが自分の家に到着したとき、緊張だったでしょう。その歓迎のあいさつが上記の言葉です。

 

初対面のお客様を歓迎するように「よくおいでくださいました」と挨拶した後、「今わたしたちは皆…聞こうとして、神の前にいるのです」と語りました。コルネリウスは意識して神の前に近づいているのだと言うのです。自分の前に神がおられ、その神の前に自分が近づいているのです。だから、自分だけでなく、家族も友人も揃って聞こうとしています。では何を聞こうとしているのかというと、「主はあなたにお命じになったことを残らず」です。すなわち、主キリストに導かれ、主キリストを信じるペトロに、主キリストが伝えるように指示されたことを聞きたいのです。ペトロ自身が主キリストから聞いたことを自分も聞きたいのです。そのように彼は謙虚に期待して受け止めようとしました。

 

その姿勢は、私たちも学ぶべき姿勢です。私たちも神の言葉を聞く時、コルネリウスのように神様を前にして、神様の言葉として受け入れますので、語ってくださいという姿勢で期待し聞く者でありたいものです。

2018年10月21日 礼拝説教要旨

2018年10月21日

 感謝するサマリア人

三好 晴夫 牧師

ルカによる福音書 第17章11-19節

 

 

主題聖句:その中の一人は、自分がいやされたのを知って、大声で神を賛美しながら戻って来た。そして、イエスの足もとにひれ伏して感謝した。この人はサマリア人だった。     

使徒言行録 第10章15、16節

 

人が自分に対して直接、ありがたいことをしてくれたなら、何かお礼をするというのが世間の常識でしょう。実は、私たち自身、神様から大きな恵みや沢山の祝福を受けています。けれども、その恵みが大きすぎるからでしょうか。その恵みに対して、神様に対して心から感謝をささげるということがおろそかになっていることはないでしょうか。

 

今日の聖書箇所に、重い皮膚病で長い間苦しんでいた10人の人たちが、主イエスにお願いし、10人共に癒されたはずなのですが、10人のうち一人だけ主イエスのところに戻って来て感謝をしたとあります。どうして、一人だけが戻って来て感謝をしたのでしょうか。

 

この一人は、自分がいやされたのを知ったからでした。しかも、これは神様がしてくださったことだと知ったからでした。主イエスというお方が、まことの救い主であり、このイエスを通して神さまが自分を救ってくれたと知ったから神を賛美したのです。しかも、自分がサマリア人というユダヤ人から見下されているものなのに、こんな自分が救ってもらえたと知ったからです。だから、彼は神を賛美しながら引き返して、主イエスに直接感謝をささげたのです。その感謝する態度を主イエスはご覧になって「あなたの信仰があなたを救った」と励まされました。私たちも、私を救ってくださった主を感謝する信仰を持ちたいものです。

 

2018年10月14日 礼拝説教要旨

2018年10月14日

 ためらわないで一緒に

三好 晴夫 牧師

使徒言行録 第10章9節-23節a

 

主題聖句:“霊”がこう言った。「三人の者があなたを探しに来ている。立って下に行き、ためらわないで一緒に出発しなさい。わたしがあの者たちをよこしたのだ。」            使徒言行録 第10章19、20節

 

ユダヤ人であるペトロは、ユダヤ人の宗教的文化的伝統に基づいて、食べて良いものと食べてはならないものの規則を厳格に守っていました。それだけでなく、ユダヤ人から見れば、汚れた物を食べている異邦人は汚れた人として、外国人と交流を持つことを避けていました。

 

ある時、神を畏れる者であるローマ人百人隊長のコルネリウスの使いがペトロの滞在しているヤッファの町に近づいたころ、ペトロは自分の滞在する家で祈っていました。彼が昼一時頃、幻の中で、天が開き、大きな布のような入れ物が地上に降りてくるのを見たのです。その中にあらゆる獣や這うものなど食べてはいけない物が入っていました。すると「ペトロよ、身を起こして屠って食べなさい」と言う声がしたのですが、ペトロは即座にユダヤ人の伝統に基づいて清い物と定められているもの以外は食べませんとはっきりと言ったのです。すると「神が清い物を、清くないなどと、あなたは言ってはならない。」という声がしました。そういうことが3度ありました。それで、ペトロは今見た幻はどういうことかと思案したのです。丁度その時、コルネリウスからの使いが彼のいる家に到着し、霊から「立って下に行き、ためらわないで一緒に出発しなさい」との語りかけを受け、ペトロは、自分を招こうとする外国人からの招きをためらわずに受けることを、主の導きと知ったのです。

2018年10月7日 礼拝説教要旨

2018年10月7日

 あなたの祈りは届いた

三好 晴夫 牧師

使徒言行録  第10章1-8節

 

主題聖句:すると、天使は言った。「あなたの祈りと施しは、神の前に届き、覚えられた。今、ヤッファへ人を送って、ペトロと呼ばれるシモンを招きなさい。                     使徒言行録 第10章4、5節

 

初代教会がイエス・キリストの福音を宣べ伝える場合、使徒言行録9章までは原則としてユダヤ人に対して伝えられていました。神の救いを待ち望んでいるユダヤ人にイエス・キリストの救いの御業を宣べ伝えるのが、これまでの初代教会の主な伝道でした。

 

ところが、ユダヤ人以外にも、神の救いを信じ、待ち望んでいる人々がいたのです。本日の聖書箇所に出て来るローマの百人隊長コルネリウスも、そのような人々の一人でした。

 

コルネリウスは、ローマ人の軍人でしたが、彼とその家族は「信仰心あつく、一家そろって神を畏れ」ていたのです。天地創造の神を信じ礼拝をささげていたのです。おそらく、ユダヤ人の信仰と生活に触れて、聖書の教えに従った信仰と生活をしようとしていたのでしょう。さらに、彼はユダヤ人の貧しい人々や助けを必要としていた人々を助けるために、自分も同じ共同体の一員として愛をもって喜んでささげていたのです。そして神を信じて神を求めて、毎日一定の時間祈っていたのです。

 

その彼がいつものように午後3時に祈っていた時、神の天使が入って来て呼びかけるのを彼は幻ではっきりと見たのです。その時彼が聞いたメッセージは、あなたの祈りと施しが神の前に届けられ、覚えられていることでした。神を信じて祈る祈りを神は覚えて報いて下さるのです。

 

2018年9月30日 礼拝説教要旨

2018年10月1日

新しい命に生きる

三好 晴夫 牧師

使徒言行録 第9章36-43節

主題聖句:ペトロが皆を外に出し、ひざまずいて祈り、遺体に向かって、「タビタ、       起きなさい」と言うと、彼女は目を開き、ペトロを見て起き上がった。
使徒言行録 第9章40節

 人はいつか死を迎えます。しかし、キリストを信じる者には死で終りではなく、新しい命に生きるという希望が与えられています。
ヤッファにタビタというイエス・キリストを信じる婦人の弟子がいました。彼女はたくさんの善い行いや施しをしていた人でしたが、病気になって死んだので、人々は葬儀の準備をしていました。そんなとき、ペトロが近くにいたので、呼ばれてタビタのもとに来ました。集まって来たやもめたちは、泣きながら、ダビタが作ってくれた数々の衣服を見せて、生前のことを思い出して悲しみました。
そんなとき「ペトロは皆を外に出し、ひざまずいて祈」ったのでした。ペトロは、この時以前主イエスが会堂長ヤイロの娘が死んだとき、「恐れることはない。ただ信じなさい」と言われてその娘を生き返らせたことを思い出したのかもしれません。主イエス・キリストが十字架で死なれたが、復活され今も生きておられ、信じる者に新しい命を与えて下さると信じて、ペトロは主イエス・キリストの御名によって祈ったのです。祈った後、ペトロは遺体に向かって「タビタ、起きなさい」と言うと彼女は目を開きペトロを見て起き上がりました。このことで人々は主を信じました。このことは、死で終りではなく、主イエス・キリストの十字架と復活の御業のゆえに新しい命が与えられることを示しています。

2018年9月23日 礼拝説教要旨

2018年9月23日

 イエス・キリストのいやし

三好 晴夫 牧師

使徒言行録 第9章32-35節

 

 

主題聖句:ペトロが、「アイネア、イエス・キリストがいやしてくださる。起きなさい。自分で床を整えなさい」と言うと、アイネアはすぐ起き上がった。                           使徒言行録 第9章34節

 

リダにアイネアという、8年前から中風を患って床についていた人がいました。中風は腕や脚が麻痺する病気で、長い間身動きできず、もう治らないものとあきらめていたようです。そんな思いにあるアイネアのもとに使徒ペトロが訪ねて来て、優しく語りかけました。

 

「アイネア、イエス・キリストがいやしてくださる」。この言葉は、イエス・キリストがその力と権威を持ってあなたをいやしてくださるとの宣言です。これまでイエス・キリストが地上におられた時、中風の人をいやされました。多くの病人をいやされました。深い憐れみの心をもってその人をいやしてくださいました。イエス・キリストはあなたをもいやすことが出来ます。

 

ペトロは、アイネアに対して、イエス・キリストはあなたをいやす意思を持っておられる、そう信じて期待しなさいと言う意味で語ったのだと思います。イエス・キリストがいやす意思をもっておられるならば必ずいやされるからです。

 

ペトロはアイネアに「起きなさい。自分で床を整えなさい」と言いました。イエス・キリストがあなたをいやすと信じて起きなさいと語られたのです。アイネアはこの言葉を、主からの言葉と受け止め信じて起き上がりました。イエス・キリストはあなたをもいやしてくださいます

2018年9月16日 礼拝説教要旨

2018年9月16日

 復活の希望

三好 晴夫 牧師

コリントの信徒への手紙一 第15章50-58節

 

主題聖句:最後のラッパが鳴るとともに、たちまち、一瞬のうちにです。ラッパが鳴ると、死者は復活して朽ちない者とされ、わたしたちは変えられます。            

コリントの信徒への手紙一 第15章52節

 

先に神様のみもとに逝った愛する家族の写真を見て生前の姿を思い出したり、一緒に過ごした時に語ってくれた言葉を思い出したりしてすることがあります。こちらで出来ることは限られています。それ以上に、覚えたいことは、その方が神様を信じて逝った人ならばなおのこと、神様がその人を愛され救ってくださり、キリストの復活のゆえにその人をも終わりの日に復活させてくださるという約束を覚えることです。それは、大きな希望を与えてくれるものです。

 

その希望は、終わりの日に、キリストが再びおいでになる時、そのとき、神の恵みによって神のみもとで眠っていた人(キリストを信じて死んでいた人)を復活させて、新しい朽ちることのない命と体を与えてくださるというものです。なぜかというと、神様は十字架で罪人の罪を負って死んだイエス・キリストを復活させて新しい命と体を与えられたという事実のゆえに、キリストを信じる者をも復活させて新しい命と体を与えて下さるからです。

 

この復活の希望を持っているならば、この世での豊かさや名誉がある無しに関係なく、神様が備えられる神の国を受け継ぐことができるとの希望を持つことができるのです。この復活の希望に生きる時、キリストを信じて味わうどんな苦労も、主が覚えてくださるから希望がある。

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