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2019年4月28日 ミス・メーベル・フランシス師  内住のキリスト「自我の磔殺」(1969年)

2019年4月28日

  内住のキリスト「自我の磔殺」
             ミス・メーベル・フランシス

   (1969年、89歳で来日の時、全四国クリスチャン修養会での説教から)

 アメリカにいる時、私は本当にキリストと共に歩んでいたのに、その苦しみの中にイライラし出した。勿論、習慣が難しかった。今まで座ったことのなかった私が座ることが難しかった。行儀作法も厳しかった。又人間が多かったこと。何処へ行っても人間がおる。人間が多い事・・・。

 

それで私は失望してしまった。「もう私はだめだ。折角来たけれども私に何ができますか」「イエス様、私はあなたに従って参りました。あなたのおっしゃる通りにしました。けれども何が出来ますか。私のような小さい者は、この大勢の中に、恐れて近寄ることもできません。もう駄目です」。私はその時箱根の方に行っていたのですが、山に登って声をあげて泣いて、泣いてイエス様に申し上げたのでした。

 

その時イエス様が、私の心に「お前が出来るからお前を日本に召したんでないです。わたしがお前にやらせること、わたしがお前の中にわたしを住まわせて、私がお前を通して事をなすことを私は願っておる」と言われました。「イエス様、教えてください。私はもう、本当に失望しました。苦しいです」「お前は今まで、聖霊を受けて、心を潔められて、非常に喜んでおりましたが、もう一つの事がなければ私はお前を用いる事が出来ません。お前が死ななければ・・・。」

 

そのイエス様の言葉を聞いて私は初めて、私にこの「我(われ)」「我(が)」というもの、これがあるという事が分かった。そしてイエス様は「その我は、きよまるでなしに死ななければならない・・・」と言われた。

2018年7月1日 森下辰衛先生の紹介

2018年7月1日

森下辰衛(もりした たつえ)先生の紹介

               

三浦綾子という人をご存知でしょうか。『氷点』や『塩狩峠』など、人間存在を問う数多くの作品を世に送り出された作家です。召天されて18年が経過してもなお、その作品は人々に大きな影響を与えています。

 

この度講師としてお迎えした森下先生は三浦綾子記念文学館 特別研究員であられますから、三浦綾子を知るためには最適な方です。これまで三浦綾子の数多くの作品を研究して来られた方のお一人です。その研究の中で、三浦綾子が、その作品を通して伝えようとしたことに魅力を感じ、その魅力を分かりやすく私たちに紹介されます。それは三浦綾子自身も経験した絶望や葛藤がそのままで終わらないで、希望を見いだしていくのだということを作品は伝えているのだということです。

 

また、先生は三浦綾子読書会代表でもあられます。2001年ごろから三浦綾子読書会を始められ、皆でその作品を読み、その作品から励まされたことを分かち合うことを推進しておられます。その読書会に参加された方々が、その作品を読む中で、真理、愛、希望、勇気を得ることが起こっていくのだそうです。その作品の中に出て来る人物の様々な人生の課題を自分の問題として読み、じっくりと考えていくことで有意義な体験をするのだそうです。

 

この度、森下先生が語られるお話を通して、三浦綾子の心、思いを聞き、自分に何かを語りかけてくれているのではないかと考える機会として頂ければ幸いだと思います。                           (文責:三好晴夫)

森作常生 牧師 プロファイル

2017年8月20日

森作常生 牧師 プロファイル

  1940年歯科医の三男として茨城県で生まれましたが、父は私が3歳のとき、死去、以後終戦直後の困難な中、母が代用教員として、子育てに専念し、定年退職後、親類に乞われ、アメリカに渡り、99歳でロスアンジェルスにて天に召されました。私は大学卒業後、研究室で3年間過ごした後、渡米し、南カルフォルニア大で博士号(Ph.D)取得、帰国後愛媛大、大阪府立大、梅光学院大で35年間大学教員生活を送りました。最も長かった松山時代が20年間でその間松山協同教会でお世話になりました。下関の梅光学院時代には宗教主事をしたこともありましたが、ずっと信徒として奉仕して参りました。3年前に松岡義樹師開拓の現在の教会(聖蹟めぐみキリスト教会)に導かれ、JECA(日本福音教会連合)の一員として牧会に従事しております。家内悦子とはアメリカで結婚、長男、長女は松山で育ちました。

 

私は中学生のとき、大病を経験し、人の死について、深く考えるようになり、助からないと言われた病気を、神様の憐れみにより、当時心臓外科の権威であった榊原仟医師の執刀により、助かり、現在まで生かされてきました。現在も肺がんの診断を受けていますが、こころは平安で、寿命を取り仕切っている神様にゆだねております。(家内は鍼の資格を持ち、今毎日治療を受けています。)

 

 

   実にキリストは、わたしたちがまだ弱かったころ、定められた時に、不信心

  な者のために死んでくださった。 正しい人のために死ぬ者はほとんどいま

  せん。善い人のために命を惜しまない者ならいるかもしれません。 しかし、

  わたしたちがまだ罪人であったとき、キリストがわたしたちのために死んでく

  ださったことにより、神はわたしたちに対する愛を示されました。

                                 ローマの信徒への手紙 第568

 

  • ご本人から 掲載の了解をいただいています。

 

2016年3月13日 安井弘子姉記

2016年3月14日

主はアブラムに仰せられた。

「あなたは、あなたのうまれ故郷、あなたの父の家を出て、わたしが示す地へ行きなさい。」           創世記12章1節

 

ブラジリア・アライアンス・キリスト宣教教会は、上記のみ言葉に示され、「出て」行った二宮睦子(現引退)宣教師の働きによって生まれた教会です。首都ブラジリアで唯一の日系教会で、開拓から今年で56年になります。同師は、日系人のみならずブラジル人伝道にも力を注ぎ、その実は現在3つの教会と3つの伝道所に引き継がれています。その後、ブラジルアライアンス教団が設立され、国内に約30の教会が存在しています。

 

この度、私共の宣教旅行は、ブラジルアライアンス教団から日本に派遣されている上田ルイス、ターニ宣教師夫妻の協力要請を受ける形で祈りが生まれ、主の導きにより7名のチームで訪日が実現に至りました。上田師の宣教地である関東では、有料老人ホーム等の訪問、教会でのダンスのワークショップ協力等を通し日本に住む日系ブラジル人の現実を垣間見、困難の中にも信仰を守り、次世代に継承させようと努力している姿に、同じ日系教会として励まされました。その後、名古屋、広島、四国の各教会に迎えて頂き、奉仕とお交わりの機会が与えられていることを感謝致します。

 

メンバーの中には日本が初めての者もいます。ブラジルとは異なる文化の中で述べ伝えられている福音と、主に在る交わりの素晴らしさを体験した一人一人が、これから自分自身の枠を「出て」主が示してくださる「地へ」従って行く者となることを自らも含めて願わされています。(安井記)

 

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