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あゆみ

2017年11月26日 礼拝説教要旨

2017年11月26日

聖霊に満たされた人

三好 晴夫 牧師

使徒言行録 第6章8-15節

 

主題聖句: 最高法院の席に着いていた者は皆、ステファノに注目したが、その顔はさながら天使の顔のように見えた。 

 使徒言行録 第615

 

もし周囲の人から「あなたは、こんな大変な中、どうしてそんなに輝いているの。なぜ?」と言ってもらえたら、嬉しいですね。その時こそ、自分がどうして平安であり、喜びがあるのか証しできる機会となるかもしれません。

 

教会役員の一人に選ばれたステファノは「恵みと力に満ち、すばらしい不思議な業としるしを民衆の間で行っていた」ので、彼に反対する人も現れました。しかし、彼は知恵と聖霊によって語ったので、反対者は対抗できなかったのです。それでついにユダヤ教の指導者たちは彼を捕えて最高法院に訴えました。

 

その法院の席に着いていた人々は皆、ステファノがどのような反応をするのか、見つめていたところ、彼の顔はさながら天使の顔のように見えたというのです。ステファノは、人々の悪意や策略を受けても全く動じることがなかったのです。彼の顔が天使の顔のように、平安に満ちていたことを示しているのではないでしょうか。

 

主イエスは以前弟子たちに、権力者から尋問された時、何をどう言い訳しようか心配するな。言うべきことは聖霊がそのとき教えてくださると教えられていたのです。ステファノはその通りにしたのです。共におられる主を見つめていたのです。私たちも聖霊に満たされることを求めたい。

 

2017年11月26日 日曜礼拝(音声)

2017年11月26日

2017年11月26日 日曜礼拝(動画)

2017年11月26日

2017年11月19日 礼拝説教要旨

2017年11月19日

彼らに仕事を任せよう

三好 晴夫 牧師

使徒言行録 第6章1-7節

 

主題聖句: そこで、十二人は弟子をすべて呼び集めて言った。「わたしたちが、神の言葉をないがしろにして、食事の世話をするのは好ましくない。

                    使徒言行録 第62

 

人と人が共に生きていくために、互いに配慮し合うことが必要です。配慮し合うことがないならば、お互いがうまく調和が取れなくなってしまいます。キリスト教会という共同体においても、主イエス・キリストの恵みがすべての人々に行き渡るように配慮することが必要です。神のみ言葉と神の霊によって人々に慰めと励ましを与える配慮が必要です。

 

人の魂の配慮と共に人々の肉体の必要についても何らかの配慮をしなければならないことがあります。教会は初代教会の時から、人々の肉体にかかわる物質的な配慮も教会の務めとしてきました。すなわち、貧しく食べる物に困っている信者たちにお金や食べ物を分配していたのです。

 

しかし、人が行う配慮はうまく出来るとは限りません。今日の箇所は、その一つの大きな問題が起こったことが記されています。教会の中にギリシャ語を話すユダヤ人から、ヘブライ語を話すユダヤ人に対して苦情が出たのです。ギリシャ語を話すユダヤ人仲間のやもめへの日々の分配がおろそかにされているというものでした。そこで使徒たちは教会の人々を集めて一つの提案をしました。それは、使徒たちはあれもこれも全部負うことをせず、ふさわしい人々に任せ、使徒たちは祈りと御言葉の奉仕に専念するというものでした。祈り御言葉を伝えることは今も引き継ぐ使命です。

 

2017年11月19日 日曜礼拝(音声)

2017年11月19日

2017年11月19日 日曜礼拝(動画)

2017年11月19日

2017年11月12日 日曜礼拝(音声)

2017年11月12日

2017年11月12日 礼拝説教要旨

2017年11月12日

苦難をも喜ぶ

三好 晴夫 牧師

使徒言行録 第5章 33-42節

 主題聖句:それで使徒たちは、イエスの名のために辱めを受けるほどの者にされたことを喜び、最高法院から出て行き、

                    使徒言行録 第541

 

 私たちがキリストを信じてお任せして生きようとするとき、キリストを私の救い主であることを表明するとき、必然的に受けなければならなくさせられる苦しみがあります。これが、キリストのための苦しみです。これは、自分の過ちや自分の欲望で受けなければならなくなる苦しみとは違います。

 

日本という唯一の神様を知らない人の多い国の中で、私たちが信仰をもって、様々な人と共に生きようとするとき、様々な不都合が起こることがあります。その苦しみに耐えられないと思う時もあります。そんなとき、頼むべきものは、キリストです。キリストこそ頼るべきお方です。

 

今日の箇所で、使徒たちが積極的にイエスを救い主であることを証ししたとき、ユダヤ人権力者から、イエスの名を語るなという命令を受け、それに従わないで、なおも証ししたとき、迫害を受けたことが記されています。その時、彼らは「イエスの名のために辱めをうけるほどの者にされたことを喜び」伝道に励んだというのです。それは、イエスの名のための苦しみを受けて、イエスご自身がこの私のために受けられたあの苦しみのほんの一部を受けることができたと喜んでいます。救って下さったキリストのために自分も共に苦しむことができると喜んでいるのです。

 

2017年11月12日 日曜礼拝(動画)

2017年11月12日

2017年11月5日 礼拝説教要旨

2017年11月5日

キリストを証しする

三好 晴夫 牧師

使徒言行録 第5章33-42節

主題聖句:わたしたちはこの事実の証人であり、また、神が御自分に従う人々にお与えになった聖霊も、このことを証ししておられます。」

                    使徒言行録 第532

 

 エルサレムで使徒たちは最高法院(当時の最高裁判所のような所)でユダヤの権力者から尋問を受けることになりました。彼ら権力者は前に使徒たちに対して、イエスの名によって話したり教えたりしてはならないと厳しく命じていました。しかし、使徒たちはその命令に従わないでイエスを宣べ伝えたので、今再び厳しく尋問を受けることになったのです。

 

普通の人なら、権力者の脅しにひるんでしまうことでしょう。しかし、使徒たちは恐れず、毅然とした態度で答えました。「人間に従うよりも、神に従わなくてはなりません。」それは、イエスが真の救い主であり、この方のことを伝えるように神から命じられていたからです。神のみこころに従わなければならないというのです。

 

そして使徒は言いました。あなたがた権力者が木につけて殺したイエスを、私たちの先祖の神は復活させられたのです。このお方が真の救い主です。神のおられる天に引き上げられ、このお方によって悔い改めと罪の赦しが与えられるのです。使徒たちは、自分たちがイエスの死、復活、昇天という事実を目撃した証人だと語りました。しかも、自分たちが恐れないで確信をもって証言できるのは、聖霊が自分たちの心の中でこの事実を示してくださるからだと。聖霊は私たちにもその事実を証しされるのです。

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