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あゆみ

2018年8月26日 礼拝説教要旨

2018年8月26日

 サウロの回心

三好 晴夫 牧師

使徒言行録 第9章1-9節

 

 

主題聖句:「主よ、あなたはどなたですか」と言うと、答えがあった。「わたしは、あなたが迫害するイエスである。   

使徒言行録 第9章5節

 

私たちはしばしば自分の知識で正しいと思い行動していることが、後で、それが見当違いであったり、正反対であったりすることに気づかされて、はっとさせられることがあります。

 

サウロは、ユダヤ人としての厳しい高度な教育を受け、律法を堅く守って生活していると自負していました。彼の考えでは、イエスは偽メシアであり、神を冒涜している者であり、このイエスを信じる者も神を冒涜しているから、彼らを排除することが神の御心に適う事だと確信していました。その思いで、キリスト者たちを憎み、ダマスコに入るキリスト者たちを捕えるために向かっていたのです。そんなとき、突然、天からの光が彼らの周りを照らしました。サウロを呼ぶ声がしました。思わず問いかけると、「わたしはあなたが迫害しているイエスである」との答えがありました。その声の主は、あの十字架にて処刑されて復活されて今天の父なる神の右に座しておられるイエスでした。復活されたイエスがサウロに出会ってくださっているのです。

 

この出来事はサウロには大きな衝撃でした。天からの声を聞いて、イエスこそがまことのメシアであられ、自分が迫害していたキリスト者たちはまことのメシアと信じていたのだから正しいことになります。そうであれば、自分はまことのメシアであるイエスを迫害していたことになります。そう知らされたサウロは心打ち砕かれたのです。

2018年8月26日 日曜礼拝(音声)

2018年8月26日

2018年8月26日 日曜礼拝(動画)

2018年8月26日

2018年8月19日 日曜礼拝(音声)

2018年8月23日

2018年8月19日 礼拝説教要旨

2018年8月19日

 聖霊の導きに従う

三好晴夫 牧師

使徒言行録 第8章26-40節

 

主題聖句:そこで、フィリポは口を開き、聖書のこの個所から説きおこして、イエスについて福音を告げ知らせた。   

使徒言行録 第8章35節

 

一人の人がキリスト者になる時には、その求める人と伝える人とが神の導きによって出会い、この二人の間でキリストの恵みが分かち合われて、その恵みが受け入れられるという出来事が起こっています。その出会いの不思議さは、まさに神ご自身の御業というほかありません。

 

本日の聖書箇所にも神の導きによって与えられた不思議な出会いが記されています。キリスト者フィリポが、主の使いによってエルサレムからガザへの道に下る道に行けと命じられて従ったことでこの出会いが始まりました。彼がそこに行ったところ、折しもエチオピアの女王の高官で、女王の全財産を管理する宦官が馬車に乗ってエルサレムで神様を礼拝して帰っている途中でした。宦官は、聖書の神を信じ、聖書をよく読んでいた人で、その時も馬車の中で声を出して聖書を読んでいました。その時、神の霊に押し出されて、フィリポは馬車の中の人に会うために、馬車に近寄ったら、その宦官が聖書を声を出して読んでいる声が聞こえてきました。その聖書箇所は、イザヤ書の中の、罪人の代わりに罪を背負って苦しみ贖いの業を成すしもべの預言でした。

 

宦官から、この預言は誰のことを言っているのか説明を求められたので、フィリポは、この苦難のしもべの預言は、イエス・キリストによって実現したと伝えたのです。聞いた宦官はイエスを信じ喜びにあふれて旅を続けました。聖霊の導きによって宦官は喜びを得たのです。

2018年8月19日 日曜礼拝(動画)

2018年8月19日

2018年8月12日 日曜礼拝(動画)

2018年8月12日

2018年8月12日 礼拝説教要旨

2018年8月12日

聖霊を受けるように

三好 晴夫 牧師

使徒言行録 第8章14-25節

主題聖句:人々は主イエスの名によって洗礼を受けていただけで、聖霊はまだだれの上にも降っていなかったからである。

                                           使徒言行録 第8章16節

 2千年前、約束の聖霊が主イエスの弟子たちに降り、確信に満ちた彼らが主イエスの福音を伝え始めた時から、聖霊の働きが大きく始まりました。聖霊は、父なる神と御子キリストから遣わされる神の霊です。この霊の働きによってこそ、私たちは神様が分かり、信じることができるのです。この聖霊こそが、仲違いしている人々を一つにするのです。

 

今日の箇所には、今まで仲違いしていたサマリアの人々が何と神の言葉を受け入れ、主イエスを信じたというニュースを聞いた、エルサレムの使徒たちが、サマリアにやって来て起こったことが記されています。

 

エルサレムの使徒ペトロとヨハネが見たのは、彼らサマリアの信仰者たちが主イエスの名によって洗礼を受けているが、聖霊が誰にも降っていない状況でした。どうしてなのか、詳しいことはわかりません。でも、サマリアの人々の信仰が不完全だったからだとも記されていません。その状況を見たペトロとヨハネが彼らの上に手を置いて祈ると、彼らは聖霊を受けたのです。それまで聖霊の導きが彼らにあったからこそ、彼らも主イエスを信じたはずです。さらに、もっと明らかな聖霊の導きとして外から見ても新たな力が与えられたとわかるような変化があったのです。そのことによってサマリアの信仰者も同じキリストの体であることが明らかにされました。この聖霊の導きを私たちも頂いています。

2018年8月12日 日曜礼拝(音声)

2018年8月12日

2018年8月5日 礼拝説教要旨

2018年8月11日

 キリストはわたしたちの平和

三好 晴夫 牧師

エフェソの信徒への手紙 第2章14-22節

 

主題聖句: 実に、キリストはわたしたちの平和であります。二つのものを一つにし、御自分の肉において敵意という隔ての壁を取り壊し、

エフェソの信徒への手紙 第2章14節

 

8月第一主日、平和主日として真の平和を共に祈りたい。第二次世界大戦が終わって73年が経過した。その戦争は世界中を巻き込み、悲惨なものだったと戦争体験者は語る。広島の原爆慰霊碑の碑文に「安らかに眠ってください。もう過ちは繰り返しませぬから。」とある。この過ちは繰り返してはいけない。73年間日本では大きな戦争はなかったが、日本に常駐するアメリカ軍は世界各地に軍隊を送って来た。日本の自衛隊も防衛の名のもと軍事訓練を続けている。日本もいつ攻撃を受けるか分からない。戦争の火種は、外側からだけでなく、人間の心の中にもある。争う心、人を憎み、虐げる思い。そういう思いがなくなり、赦し合うように真の平和を求めたい。

 

エフェソ書2章14節に「実にキリストはわたしたちの平和であります。」とある。キリストが真の平和を与えて下さる方である。しかし、私たち人間の現実には、平和を妨げるものがある。敵意という隔ての壁がある。その敵意となっているのが、律法である。これは悪いものではなく、人間の歩むべき正しい道を示すものなのに、お互いを裁くものになっている。人と神との平和な関係を妨げて来た。しかし、キリストがご自身の血によって敵意という壁を取り除いて下さった。神と人とが和解されて神の前に赦され、人同士が和解できるように道を開かれた。

 

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