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あゆみ

2018年9月16日 礼拝説教要旨

2018年9月16日

 復活の希望

三好 晴夫 牧師

コリントの信徒への手紙一 第15章50-58節

 

主題聖句:最後のラッパが鳴るとともに、たちまち、一瞬のうちにです。ラッパが鳴ると、死者は復活して朽ちない者とされ、わたしたちは変えられます。            

コリントの信徒への手紙一 第15章52節

 

先に神様のみもとに逝った愛する家族の写真を見て生前の姿を思い出したり、一緒に過ごした時に語ってくれた言葉を思い出したりしてすることがあります。こちらで出来ることは限られています。それ以上に、覚えたいことは、その方が神様を信じて逝った人ならばなおのこと、神様がその人を愛され救ってくださり、キリストの復活のゆえにその人をも終わりの日に復活させてくださるという約束を覚えることです。それは、大きな希望を与えてくれるものです。

 

その希望は、終わりの日に、キリストが再びおいでになる時、そのとき、神の恵みによって神のみもとで眠っていた人(キリストを信じて死んでいた人)を復活させて、新しい朽ちることのない命と体を与えてくださるというものです。なぜかというと、神様は十字架で罪人の罪を負って死んだイエス・キリストを復活させて新しい命と体を与えられたという事実のゆえに、キリストを信じる者をも復活させて新しい命と体を与えて下さるからです。

 

この復活の希望を持っているならば、この世での豊かさや名誉がある無しに関係なく、神様が備えられる神の国を受け継ぐことができるとの希望を持つことができるのです。この復活の希望に生きる時、キリストを信じて味わうどんな苦労も、主が覚えてくださるから希望がある。

2018年9月16日 日曜礼拝(音声)

2018年9月16日

2018年9月16日 日曜礼拝(動画)

2018年9月16日

2018年9月9日 日曜礼拝(動画)

2018年9月9日

2018年9月9日 日曜礼拝(音声)

2018年9月9日

2018年9月9日 礼拝説教要旨

2018年9月9日

 キリストを証しするパウロ

三好 晴夫 牧師

使徒言行録 第9章19b-31節

 

主題聖句:サウロは数日の間、ダマスコの弟子たちと一緒にいて、すぐあちこちの会堂で、「この人こそ神の子である」と、イエスのことを宣べ 伝えた。                   使徒言行録 第9章19、20節

 

キリスト教の迫害者サウロが、ダマスコの教会の迫害に向かう途中、天からの光に照らされ、復活されたイエス・キリストの声を聞き、その出会いによってイエスが真のメシア(救い主)と知らされ、悔い改めてイエス・キリストの名による洗礼を受けました。

 

そうして健康が回復したあと、アナニアに導かれてでしょう、ダマスコの弟子たち(キリスト者たち)と一緒にいたのです。交流が始まったのです。それから、すぐ何とダマスコにあるユダヤ人の会堂に行って、イエスこそ神の子ですと、イエスを伝え始めたというのです。驚くべきことです。彼がそのようにしたのはなぜでしょうか。ひとつは、自分が救われたことがうれしくて、その喜びと感謝を抑えられなかったからです。嬉しい時、自然と喜びがあふれるように。

そしてサウロの場合、今までイエスの名を呼ぶ者に反対

して殺害しようとするほどの熱烈な迫害者でした。そんな彼が、今やキリストに捕えられて、イエスをキリストと信じるようになり、神の御前でも、人々の前でも、自分の変えられたことを言葉と行動ではっきりと証ししなければならないと思ったからです。それは、イエスによって救われたという喜びがあるからです。私たちにとってもイエスを知って救われたことはうれしいことです。そのことを証ししたいものです。

2018年9月2日 礼拝説教要旨(動画)

2018年9月2日

2018年9月2日 礼拝説教要旨

2018年9月2日

  主によって備えられた出会い

三好 晴夫 牧師

使徒言行録 第9章10-19a 説

 

主題聖句:すると、主は言われた。「行け。あの者は、異邦人や王たち、またイスラエルの子らにわたしの名を伝えるために、わたしが選んだ器である。                            使徒言行録 第9章15節

 

人の思いを超えた方法で、神は人に近づかれ、悔い改めに導き、赦しと救いを与えられることがあります。まさにキリスト教を迫害していたサウロに対しては、そうでした。主は彼に近づかれ、ご自身を示され、救いに導かれたのです。

 

サウロが救われるために、神はご自身だけでなさろうとされず、人が用いられたのです。主によって備えられた出会いがありました。その出会いは、初めはできれば避けたいと思えるようなものでした。

 

ダマスコに住むアナニアという主の弟子にとっては、サウロは出会いたい人ではありませんでした。関わりたくなかった人でした。なぜなら、サウロは恐ろしいキリスト教迫害者であったからです。そのような人の所には行きたくなかったのです。ですから抵抗しました。

 

しかし主は「行け」と言われました。この人は、わたしの名を伝えるために、わたしの選んだ器だと。過去はどうであれ、その人をわたしが選んだのだ。

 

そう聞いたアナニアは、主がこの人を選ばれ、彼に務めを託され、彼を神の教会に加えられたのだと受け止めたからこそ、彼に「兄弟サウロ」と呼びました。それが神のご計画だと認めたからです。そうして彼の上に手を置き、洗礼を授け、彼は主の教会に加えられたのです。

2018年9月2日 日曜礼拝(音声)

2018年9月2日

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