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2014年1月12日 礼拝説教要旨

2014年1月12日

主の僕・イエスの召命

 

政所 邦明牧師

 

イザヤ書 第42章1-11節

マルコによる福音書 第1章9節

 

主題聖句:「『あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者』という声が、天から聞こえた。」          

マルコによる福音書第1章11節

わたしたちに不可解と思えることがしばしば聖書に記述してあります。主イエスが洗礼をお受けになったということもそのひとつです。マルコによる福音書は「神の子イエス・キリストの福音の初め」という言葉で始まりました。主イエスが神の子であり、メシア(救い主)であることを喜んで伝えるのが、この福音書の目的です。神の子に罪があるはずはありません。「罪の赦しを得させるための悔い改めの洗礼」をバプテスマのヨハネは宣べ伝えていたのです。それなら、罪のない神の子がどうして洗礼を受ける必要があったのでしょうか。何か心にやましいことでもあったのでしょうか。そのようなことがあるはずはありません。それなのになぜ主イエスは自ら進んで洗礼をお受けになったのか?冒頭で人間の理解の及ばないことが聖書に書いてあると申し上げたのはこのような点です。

 

おそらく人間の計画というより神がお決めになり、神が主イエス・キリストに促されたのだと思います。しかも、父なる神と御子キリストとの思いがピッタリひとつになりました。第11節の『わたしの心に適う者』というのはイザヤ書第42章1節からの引用です。「主の僕の歌」と呼ばれるもののひとつです。神が歓迎される僕(神に仕える人)とは力ずくで相手をねじ伏せ、脅して自分の言うことを聞かせる支配者ではありません。罪人を救うために、ご自分は受ける必要のない洗礼をわざわざ受けてくださる「神の僕」です。そのような救い主のあり方を父なる神は承認してくださいました。「わたしの心に適う者」との天からの声は、父なる神の承認の証なのです。

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