2014年11月30日 礼拝説教要旨

復活の先ぶれ

 

政所 邦明 牧師

 

マルコによる福音書 第5章21-24a節、35-43節

 

主題聖句:「恐れることはない。ただ信じなさい。」

マルコによる福音書5章36

                                    

会堂長のヤイロは自宅に急いでいました。主イエスをお連れして、危篤の娘を癒していただくためです。

 

しかし、ヤイロを打ちのめす知らせが入ります。娘が亡くなったのです。「先生を煩わすには及ばないでしょう。」と付け加えます。死が立ちはだかります。厚くて高いが壁あって、「これから先は行かせない。さあヤイロの家にゆくことを諦め、元きた道を戻りなさい。行っても無駄なのだから…」と聞こえます。「死んでしまった以上、もはや何もできまい」という主イエスへの挑戦と言えるでしょう。自宅へ招いたヤイロを悲しませ、信仰を揺さぶるのに十分な言葉です。

 

死の知らせも主イエスの前進を阻むことはありません。「恐れることはない。ただ信じなさい」とヤイロを主は励まされます。死との対決が始まるのです。「子供が死んだのではない」と言われると人々はあざ笑います。恐れ、嘆き、あざけりを突き破るようにして、死から命へ少女を生き返らせなさいました。神の国、すなわち〝神が王として支配なさる〟と主は宣教されました。その内容が極まった形で明らかにされます。汚れた霊や病の支配からの解放だけでありません。主イエス・キリストは死に打ち勝ち、人間にとって最後の敵である死さえもご支配のもとに置かれるのです。

 

娘を生き返らせるのはご自身の復活の〝先ぶれ〟ではないでしょうか。この出来事を「誰にも言うな!」と主イエスは口止めをされました。しかし、娘の蘇生はキリストの復活を予め表すものです。そのことが明らかにされる時がきます。クリスマスはこの復活の主のお誕生を祝う時なのです。

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